日本瓦斯株式会社のDX取り組み事例:競争力強化に向けた施策
サマリー
- 厳しい事業環境であるエネルギー小売
- 小売業からプラットフォーム事業への転換を目指したデジタル変革
- すでにDXの社会実装を進めている(2024年現在)
- 副次的な効果として、投資家へのアピール
企業の基本情報
- 企業名: 日本瓦斯株式会社
- 証券コード: 8174
- 2023年度売上: 1900億円
- 従業員数: 1,158人
- 事業内容: ガスや電気を仕入れて販売する総合エネルギー事業※
- 関東圏でLPガスや都市ガスの直接販売を行ってきたが、電力をはじめとした総合エネルギー事業に転換
参考: 2023年度有価証券報告書
事業環境と中長期的な転換
エネルギー小売の事業環境
エネルギー自由化により、価格やサービス面での競争が激化しています。特に、通信業界や新規参入者の動きが市場に大きな変化をもたらしています。
- 通信業界の進出: auなどの通信事業者は、スマートフォン契約に加え、インターネット、銀行、そして電力やガスを組み合わせたセット販売を強化しています。既存の顧客基盤を活用することで、効率的にエネルギー小売市場に参入しています。
- 新規参入者の台頭: 前澤友作氏が設立した「カブアンド」のように、知名度や広告力を武器にエネルギー市場でのプレゼンスを強めようとする企業も増加しています。
このような競争環境の中、ニチガスは従来の価格競争に頼らず、DXを通じた効率化や付加価値の提供によって差別化を図り、競争力を強化しています。
ニチガスの中長期的な転換
ニチガスは、そうした事業環境からの脱却を目論見、プラットフォーム事業への転換を目指しています。
小売のオペレーション最適化を行い、その仕組を他社に提供する。今までは競合であった企業に対して、最適オペレーションを提供することで収益を上げようとしています。
具体的には、
- LPガスの充填と配送(託送)業務の受託
- 新規参入する小売業者向けに保守サービスやシステムを提供。
- 都市ガスの保安を受託
これらの実現にはデジタル化、つまりDXの必要性が非常に高いと考えています。
DXの推進の実現
ニチガスの目指す姿
競争から共創へ。新たな形で地域社会へ貢献する
小売業からプラットフォーマーになることを意図しています。
ニチガスが目指すのは、各社が個性を活かしつつ、システムなど裏側の仕組みを必要に応じて共有・共同利用することで、より効率的にお客さまにエネルギーを供給できる世界です。
これらを実現するために次のような取り組みを行っています。
実現した取り組み
1. デポステーション「夢の絆・川崎」
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目的: LPガスの充填・配送業務の効率化と正確な在庫管理。
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取り組み: 高性能カメラによる画像認証システムを導入し、ボンベのバーコードを自動認識。充填、検査、配送先の決定までを自動化。
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効果: 人力による作業を削減し、作業ミスの防止と配送効率の向上を実現。
2. スペース蛍
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目的: ガスメーター検針の自動化とリアルタイムでの使用量データ収集。
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取り組み: IoT化したガスメーターを導入し、使用量を毎時間記録。AIを活用して需要予測と配送計画を最適化。
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効果: 従来の月1回の検針が不要となり、業務効率化と供給の安定化を達成。また、異常検知機能により保安性が向上。
3. 雲の宇宙船
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目的: 営業、配送、検針、保安業務の一元管理とデータ活用の推進。
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取り組み: クラウドベースのSaaSを開発し、業務プロセスを統合。スマホでも利用可能なシステムを構築。
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効果: 各業務の処理時間を短縮し、システム全体の柔軟性を向上。必要な機能だけを提供するマイクロサービス化により他社にも展開可能。
4. マイニチガス
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目的: 個人顧客との接点強化とサービス満足度の向上。
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取り組み: 利用者向けスマホアプリを開発し、料金情報や使用量、お知らせを提供。
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効果: 顧客との接点が増加し、サービス利用者の満足度向上を実現。情報提供のスピードアップも達成。
5. タノミマスター
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目的: 手続き業務の効率化とミス防止。
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取り組み: 受発注業務をオンラインで一元管理するシステムを構築。
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効果: 手続きミスの削減と業務プロセスの簡略化により、従業員の負担を軽減。
6. ニチガスサーチ
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目的: 複数システムにまたがる顧客データの一元検索を可能にする。
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取り組み: エストニアで開発されたX-Roadやブロックチェーン技術を活用し、データ交換基盤を構築。 ※X-Roadは個人のIDを検索キーとして情報を連携させることにより、それぞれのシステムの持つそれぞれのデータベースを相互接続を行い、データベース間でデータの参照が容易にできるようになる仕組み
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効果: 顧客情報の検索性が向上し、コールセンター業務の効率化を実現。AIによるアクセスログの異常検知によりセキュリティも強化。
7. データ連携基盤(ニチガスストリーム・道の駅・ニチガスツインonDL)
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目的: データの収集・統合と先端技術による業務効率化。
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取り組み: データ収集統合基盤「ニチガスストリーム」、オープンAPIプラットフォーム「道の駅」、デジタルツイン「ニチガスツインonDL」を構築。それらのデータは、ディープラーニング等のAI技術で精度を高められています。
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効果: 各種データの一元管理とAIを活用した精度の高い需要予測を実現。業務プロセスの最適化に寄与。
ポイント
- 顧客接点になるアプリやシステムだけでなく、データ収集基盤のようなものも構築されている
- IoTやAIといった流行のものをしっかり実現し、顧客体験や業務に活用されている
- デジタルツインといった先端技術にまで取り組みがされている
DX推進の副次効果
一般的に投資家は、中長期的な企業成長を期待して企業に投資を行います。そのため、競争が激しく、価格競争になる市場の企業への投資は避けがちです。
ニチガスでは、投資家向け広報の中でもDXにページを割き、事業変革をアピールしています。
参考: ニチガス会社案内
会社案内の34ページの内、半分の17ページにおいてプラットフォーム事業をDXの文脈で説明しています。
会社案内のため、営業活動や採用活動等でも使用されていると思いますが、その重要な案内の半分を使っているため、本気度が高いことがわかります。
注目すべきは、「DX実装への課題」として、今後の取組について実情をあげています。 例えば、「基幹システムの再構築に対する覚悟」は、いわゆる2025年の崖の問題のことで、レガシーシステムの刷新について取り組むということがわかります。
DXの重要な点である「コンサルに判断を丸投げする担当責任者の怠慢」や「技術ドメインとビジネスドメインをマッチングさせる人材」についても書かれています。
補足:残念なこと
「世界の優秀なITパートナーの確保条件」のところですが、少し誤植があり、まだまだ技術の文言をレビューできる人が少ないのではと感じてしまいました。
- 開発言語が「Java script」となっているのですが、「JavaScript」が正
- 開発言語の例として、「Node.js」が挙げられているのですが、JavaScriptやTypeScriptの実行環境
- 「Python」が「Phython」になっている
その他、伝わりにくい部分があり、勿体ない感じを受けました。
-
「同じ成功を繰り返さない」 失敗の間違いと思いましたが、意味があるようです。 会長インタビューに意図が記載されているようですが、有料でした。 Japan Innovation Review
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「プロパーとの戦いに屈しない人材」 組織として、IT人材とビジネス人材ではなく、一丸となるアジャイルチームの形成が必要だと思うのですが、このまま受け取られると良くないイメージを与えそうです。
-
「レガシーシステム=役所」 理解はできるのですが、ここでのレガシーシステムの意味が特定の文脈に依存しているが、説明がないため全体通しても唐突な印象。。
この記事の著者
R_IT戦略
ITストラテジストとして、企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)推進を支援しています。政府系金融機関の勘定系システム再構築プロジェクトでは、複数チームの連携を強化し、設計と運用を主導。事業会社のマルチベンダー体制によるシステム開発では、プロジェクトマネージャーとして現場の課題解決を支援しました。
また、RPAやSaaSを活用した業務変革にも取り組み、業務プロセスの効率化や部門間の連携強化を実現。
ITストラテジスト協会(JISTA)正会員として活動しています。このサイトやXで、DXやIT戦略に関する情報を発信中です。
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